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新潟地方裁判所 平成6年(行ウ)17号 判決

原告 上之山慶次

被告 新潟税務署長

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し平成五年四月六日付けでなした原告の平成三年分所得税に係る更正処分のうち、分離課税の長期譲渡所得金額二六七五万二一五七円及び所得税額四三五万五〇〇〇円をそれぞれ超える部分並びに過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、肩書住居地で不動産賃貸を業としている者であるが、平成三年三月一五日、新潟県に対し、別紙目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)を、八一九七万六九四三円で譲渡し、その際、訴外亀田郷土地改良区に対し、決済金として一一二万五九三九円を支払った(以下「本件決済金」という。)。

2  原告は、平成三年分所得税の申告にあたり、本件決済金を本件各土地の譲渡費用として収入金額から控除し、分離課税の長期譲渡所得金額(租税特別措置法(平成三年法律第一六号改正前のもの)三一条の五第一項)を算出して、別表記載のとおり、総所得金額、分離課税の長期譲渡所得金額及び所得税額の確定申告をした。

3  これに対し、被告は、別表記載のとおり、更正及び過少申告加算税賦課決定(以下、「本件更正処分」、「本件過少申告加算税賦課決定処分」といい、両者を合わせて「本件課税処分」という。)をしたので、原告は、平成五年五月一二日、異議申立てをしたが、被告は同年六月三〇日、これを棄却する決定をした。

4  そこで、原告は、同年七月二〇日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同審判所長は平成六年六月三〇日、これを棄却する裁決をした。

二  争点

(原告の主張)

本件決済金は、所得税法三三条三項に規定されているいわゆる譲渡費用に該当し、収入金額から控除すべきであるにもかかわらず、本件課税処分は、右決済金を控除せずに分離課税の長期譲渡所得金額を計算してなされた違法がある。

(被告の主張)

所得税法三三条三項に規定する譲渡費用とは、譲渡のための仲介手数料あるいは登記費用等のように、当該資産の譲渡のために直接かつ通常必要な費用をいう。しかるに、亀田郷土地改良区では、土地改良法四二条二項を受けて「亀田郷土地改良区地区除外等処理規程」を定めているところ、これによれば、本件決済金の大部分は亀田郷土地改良区の将来の維持管理費であり、そのほかに一般会計債務額、団体営事業費、県営事業分担金及び県営維持管理費負担金を含むものであるから、前記の意味の譲渡費用には該当しない。のみならず、土地改良法に基づく決済は、土地改良区の組合員が、承継や交替なしに組合員たる資格を喪失した場合に必要とされるものであって、組合員の資格に係る土地を譲渡しないが、土地を、農用地以外に転用をする場合には徴収され、逆に、土地を他人に譲渡するが、転用をともなわない場合には徴収されないのであるから、土地の譲渡に直接関連した費用と認める余地はない。

(争点)

よって、本件における主要な争点は、本件決済金が所得税法三三条三項に規定するいわゆる譲渡費用といえるか否か、である。

第三争点に対する判断

一  所得税法三三条三項は、譲渡所得の課税標準につき、譲渡所得金額は、総収入金額から、当該所得の基因となった資産の取得費及びその資産の譲渡に要した費用の額(いわゆる譲渡費用)を控除し、更に特別控除額を控除したものである旨規定している。ところで、譲渡所得とは資産の譲渡による所得をいい、譲渡所得に対する課税は、資産が譲渡によって所有者の手を離れるのを機会に、その所有期間中の増加益(キャピタルゲイン)を清算して課税するものである。よって、譲渡費用も、右のような譲渡所得に対する課税の本質からみて収入金額から控除することが課税の衡平上相当なものであることを要し、具体的には、当該資産の譲渡を実現するために直接かつ通常必要な費用に限定されると解するのが相当である。

二  以上の観点から、本件決済金が譲渡費用に該当するか検討するに、甲一~六、八、一二、乙一、二、証人飯田正勝によれば、以下の事実が認められる。

1  土地改良法四二条二項は、土地改良区の組合員がその資格に係る権利の目的である土地についてその資格を喪失した場合において、その者が有する土地改良区の事業に関する権利義務の移転がないときは、組合員及び土地改良区は右権利義務について必要な決済をしなければならない旨規定している。右規定が地区内の農用地が農用地以外のものに転用される場合を指すことは明らかであるが、これを受けて、亀田郷土地改良区では、「亀田郷土地改良区地区除外等処理規程」(乙一)を定め、この規程に基づいて決済金の賦課徴収を行っている。

2  本件決済金は、前項記載の規程に従って、理事会が決定した平成三年度決済金算定基準に基づいて、田一〇アール当たり五四万八五〇四円の割合で算出されたものである。ちなみに、本件決済金の大部分は土地改良施設の将来の維持管理費及び事務費であり、他は、県営事業の分担金あるいは借入金の返済に充当すべき将来の負担金等である。

右事実によれば、土地改良法四二条二項に基づく決済は、土地改良区の組合員たる資格の喪失に際し、土地改良区の事業に関する権利義務の移転がない場合に、右権利義務を清算するために行われるのであって、組合員たる資格に係る権利の目的たる土地の譲渡とは直接の関係がないことが明らかである。すなわち、決済金は、土地を譲渡することなく農用地以外のものに転用する場合は徴収される反面、土地を譲渡しても転用をともなわない場合には徴収されないのであり、現に、本件決済金も、土地改良施設の維持管理費を主とするものであるから、本件各土地の譲渡を実現するために直接かつ通常必要な費用とは到底認められない。

三  原告は、本件決済金の実質は、土地改良施設の将来の維持管理費を一括前払いするものであるから、本来は将来の収益に対応する費用であるところ、土地の譲渡により、将来の収益を生ずべき資産がなくなるのであるから、本件決済金は譲渡費用として認めるべきであると主張する。しかし、前述した譲渡所得に対する課税の本質からすれば、譲渡費用とは、資産の譲渡という事実を実現するために直接かつ通常必要であるという点において特定の収入と個別具体的に対応する関係にあるものに限られるべきことは当然であって、継続的事業における販売費や一般管理費のように、特定の収入との対応関係が明らかでなく、期間的に対応させるしかない費用とは異なる。資産の譲渡と直接の対応関係がない維持管理費のような期間対応費用は、譲渡費用に取り入れる余地はないものと解すべきである。原告の主張は、性質の異なる両者を混同する独自の見解であり、採用しない(したがって、譲渡所得における譲渡費用と事業所得における必要経費とを比較して、その間の不公平を指摘する原告の主張もまた失当である。)。

また、原告は、農地法五条の許可申請手続においては決済金の納付が不可欠の前提であることを理由として、その譲渡費用性を主張する。確かに、甲一二によれば、亀田郷土地改良区では、組合員が農地法五条の許可申請をしたときは、前記地区除外等処理規程に基づく決済金の納付を確認したのちに、農地法施行規則に基づく土地改良区の意見書、農地転用等の通知書及び受理証明書を交付するという手続を採っていることが認められる。しかし、これらの手続に法的根拠はなく、乙二によれば、前記各文書にも決済金に関する記述はないことが認められる。結局、これらの手続は、事務処理上の便宜から事実上採用されているにすぎないと考えられ、原告が主観的に、本件決済金の納付を農地法の許可申請手続における不可欠の前提と認識していたからといって、本件決済金の客観的性質が変化することにはならない。

四  よって、本件各土地の譲渡に係る分離課税の長期譲渡所得金額の計算上、本件決済金を譲渡費用と認めなかった本件更正処分は適法であり、これを前提とした本件過少申告加算税賦課決定処分もまた適法である。

第三結論

以上の次第であって、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 春日民雄 今村和彦 佐久間健吉)

別紙目録、別表〈省略〉

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